心の病の人のことを、甘えてる!とか弱い!とか言う人がいますが、
私はどうしても、そうは思えません。
確かに、一部にはただ甘えているだけの人もいるとは思いますが、
基本的には、みなさん、頑張りすぎて疲れ果ててしまった・・・。
そんな方が多いように思います。
そもそも、
日本社会は、肉体的に頑張っている人への評価が高いように思います。
「汗水垂らして…」という言葉がありますが、
体を使って汗水垂らしている人に対しては、「頑張ってるね」などと声をかけるのですが、
心を使っている人に対しては、何も言いません。
心を使うというのは、気を遣ったり、気を配ったりしている人だと思うのですが、
もちろん、そうした人が評価される場合もありますが、
都合の良い人として、利用されて終わる場合もあります。
そして、そうした優しい人が、我慢に我慢を重ね、疲れ果てて、心が病んでしまったのだと私は思います。

そうした人は、子供の頃から、
自分の意志を抑え込んで、周りの顔色をうかがって生きてきたタイプの方が多いように思います。
要は、
自分よりも、周りに気を遣ってきたら、
自分の中の「気」が枯渇してしまった。
そんな感じだと思います。
まずは、自分の中に気(エネルギー)を溜めることです。
そのためには、とりあえず、寝ることをおすすめします。
まずは寝て、最低限のエネルギーを確保したら、
次は、ありのままを受け止めてくれる人を見つけましょう!
ありのままを受け止めてくれる人とは、否定したり説教したりしてこない人です。
否定されたり、説教されたりすることも大切ですが、
心が病んでいる時は無用です。
だいぶ回復してきて、最後の一歩に叱咤激励してもらうことは重要ですが、
心が疲れ果てている時に、叱咤激励は必要ありません。
足が骨折している時に、
「立ち上がれ!走れ! そんなんでどうする!甘えだ!」
なんて言う人のそばにずっといたら、疲れてしまいます。
厳しいことを言ってくれる人も、時には必要です。
ただ、
今は、その時では、ありません。
真面目なあなたのことですから、
甘えているのではないか? 迷惑をかけているのではないか?
そんなことを考えてしまうかもしれません。
いいんです!
とにかく、今は、心を休めましょう。
元気になれば、いくらでも、自分にムチを打つことができます。
それまでは、どうか、自分を大切に・・・。
よく、何か辛い話をした時に、
「え? 私はこうだったよ」
と、相手の辛さを受け止めることなしに、自分はもっとひどい目にあったことがある!と訴えてくる人っていますよね。
最近私が出会ったケースでは、
出産の際に、夫に病院に連れて行ってもらおうと思ったら、同居していた姑が「先にお風呂に入ってから行きなさい」と夫に言って(驚)、夫がお風呂から出るのを待って、病院に行くことになった。
という話をした女性がいました。
私だったら、「えーーーー!? ひどいね~」でいいと思うのですが、
一緒にいた年配の女性が、「私なんて、お産は病気じゃないからって姑に言われたから!」と言いました。
場の空気は静かになってしまい、最初に話した方もなんだかシュンとしてしまいました。
私は以前から、その年配の方は、当たりは柔らかいですがあまり優しくないと思っていましたので、やっぱりな・・・と思いましたが、なんだか最初に話した方が説教されたような雰囲気でかわいそうでした。

私は以前、肺炎で死にそうになったことがありまして・・・41.9度の熱が3日間くらい続き、本当にヤバイ状態だったのですが、もし目の前に風邪をひいて38度の熱の人がいたら、「大丈夫?」って言いますよ。
「私なんて、41.9度が~」 なんて言いません。
相手の辛さを受け止められない人と頻繁に接していると、こっちが衰弱していきます。
そういう人は、相手の嬉しいことも受け止められません。
良いニュースにも、「私だって、~~」と言ってきます。
人と人の関係は、共感がベースです。
「楽しいね」「楽しいね」
「嬉しいね」「嬉しいね」
「つらいね」「つらいね」
自分が楽しいか、嬉しいか、つらいかは関係ありません。
相手が楽しいのだから、相手の楽しいという気持ちを受け止めてあげる。
相手がつらいのだから、相手のつらいという気持ちを受け止めてあげる。
これが出来ないと、誰とも心の交流ができません。
言葉や雰囲気は優しくても、相手を常に否定している人というのは存在します。
そういう人の近くにいると、少しずつ少しずつ精神的に消耗していきます。
気をつけましょう!
次回は、8月5日(月)18時更新です。
基本的に、心の問題を考える時、私はコップを思い浮かべます。
心の中にコップがあるとします。
そのコップの中に入っている水が愛情です。
100ccのコップとして、
80cc入っていれば、元気に明るく前向きに暮らせます。
60ccくらいだと、少し精神的にアンバランスになっているかもしれません。でも、まだ頑張れます。
40ccになると、体調が悪くなります。考え方は後ろ向き、マイナス思考になります。
20ccになると、自殺を考え始めます。
私たちは、心のコップの中の水を分け与えながら生きています。
こんにちは!と笑顔で挨拶する時、自分のコップの水を少しだけ相手に分け注いでいます。
相手がこんにちは!と返してくれた時、相手からコップの水を少しだけもらうことができます。
このバランスがとれていれば、コップの中の水が枯渇することはないと思いますが、世の中には人のコップの水を奪うだけの人間がいます。

基本的に、誰からも愛されなかった人間というのはこの世に存在しないと私は思います。
もし、本当に誰からも愛されなかった(誰からもコップに水を貰えなかった)としたら、今日まで生きてこれなかったと思うのです。
赤ちゃんの頃世話をしてくれた人をはじめとして、たくさんの人達から心のコップに水を貰ったはずなのです。
では、なぜ、自分は誰からも愛されてはいない・・・と考えてしまうのか。
それは、人の心のコップから大量に水を盗む人がいるからではないか?と私は思います。
いますよね、そういう人。
もちろん、その人の心のコップも水は枯渇していますから、その人も必死です。
残量によって必要とする量が違いますから、残量70ccの人は少し休んで友達や家族と馬鹿話でもすればすぐに80ccになるかもしれませんが、残量20ccの人は大変です。
100人から貰った愛情が、たった一人からのいじめで消えてしまう時。
それは、ものすごく愛情に飢えた人に、心のコップの中の水を大量に盗まれた時かもしれません。
一生懸命働いてお金を稼いだとしても、横から根こそぎ盗んでいく人がいたら・・・お金はなくなって、自分も困窮してしまいますよね。
あなたの心のコップの水が減ってしまっているのは、自分で使っているからですか?
それとも・・・・・・。
次回は、5月13日(月)18時更新です。